たしか初めてのイップス発症は10年以上前、後に腱鞘炎にもなり、
特に最悪だったのは2007~2008年ごろか。
2007年は、認知症になったばかりの母親(片親)と
俺(一人っ子)の二人暮らし中で、
夜叉とLOUDNESS二井原実氏のソロツアー活動が並行した。
特に後者は一世一代の重責と感じて臨んだが、
母親の件と周囲から様々なプレッシャーがあり、
心身がおかしくなってしまった。
(もともと病的な精神だけどね!/←ここ笑うところ)
あの時は自分以外のことでも板挟みになり、
ここじゃ決して明かせないが(一部の知人には話している)
墓場まで持っていくべきなのか。。。
・・・それがいったん落ち着いたと思った2008年は、
夜叉の3rdアルバム『REBORN』のレコーディングがあり、
ほぼ不眠不休で(同業者は皆そんなもん)全ディレクションも担当。
全責任を負う気で、進退どころか人生をかけた。
そんな極限までの追い込み地獄にメンバーやスタッフまで巻き込みつつ、
ギター録り予定のある朝、両腕が痛んでピックも箸も持てず、
ドアノブも回せない(大パニック)
当然、自分の砦と思っていた得意パターンの速いリフなんぞ弾けず、
残された時間もなく、なぜこんな時に・・・(呆然)
これはレコーディングどころか、もう引退せざるを得ないと思った。
しかし周囲のご厚意で、
症状がマシになってから録音させてもらい、ようやく完成。
あれは当時の自分が全てを叩きつけることができたし、
未だにベストな作品なので感謝しているが、
(理想的なサウンドで、ギターリフをはじめ、音が怒りまくっている)
一般の評価はあまり得られず、恩返しできないまま。
さらに母親の認知症も進行し、
これまでお互い死に目に会えない覚悟で生きてきたが、
ずっとしっかりしていた母親が急に豹変してしまい、
なかなか現実を受け入れられず、いろいろ行き詰まって心中も考えた。
・・・そんなプライドの高いダメ人間は、
短所やコンプレックスを完全克服できず、
生きててごめんなさいって気分だったけど、
臆病で自殺もできず、それで良かったのかも。
そして、誰より幸せだと思えることもあるからこそ、
現状に満足せず、使命ある立場を自らに課し、
高すぎる理想に苦しみつつ、諦めずもがき続け、今。
それでもなお試練は続く。
皆そうなんだろうね。